ネットで年賀状を安く送るための方法とその考え方について

年賀状と言えば最近は自分で作成するのが主流になってきてますよね。そこで私もチャレンジ!

とはいえ、一から作成はハードルがたかいので、郵便局の無料年賀状アプリをダウウンロードしてチャレンジしてみました。表書きはせめて手書きで・・と思っているので、こちらは利用しませんでした。縦書き横書きを選択したのちイラストや言葉を選択、種類も豊富で組み合わせかた次第でオリジナル感は、ばっちりだと思います。ただ自分の名前などを裏に記入するのは無かったので自分で頭をひねりながら作成です。これが字体選択やサイズ変更方法がいまいちわかりずらくて、何度も全消し作業をする羽目になってしまい結構時間を使いました(パソコン操作に不慣れなせいかもしれませんね)やっと出来上がったイラスト面を印刷する時にまたまた失敗しました。丁寧に「サイズ確認をして印刷に進んでください」と出てるのですが、その方法がよくわからなくて・・そのまま印刷 結果はもちろん悲惨(大きすぎてイラスト半分も入りませんでした)さあそこからサイズ変更方法を探すのも大変取り敢えずチャレンジあるのみで変更してみては印刷・変更・印刷を5枚ほど繰り返してやっとの思い出印刷成功です。ただどうしても縁無し印刷ができませんでした。(年賀状としては通用するので妥協しました)そして失敗はこれで終わりではありません。

実は、一気に印刷できればよかったのですが、一部を印刷して作業を中断しなくてはいけなくて、中断後の再開でやってしまいます。今度はサイズ変更はちゃんとできたのに年賀状の縦・横印刷方向を間違うという初歩的ミスです。それも10枚印字指定をしていて・・・(泣)結果15枚も失敗です。そうなると年賀状自体が足りなくなります。買い足そうにも年賀状印刷をしている日時が12月28日夜なんです。29日朝買い足しに行くにしても(簡易郵便局か年賀状を委託販売している店舗)帰って印刷&表書きをしてポストへ投函もしなければいけません。そう、私の失敗した年賀状作成は、作成が遅すぎる事!!これが第一ですね。そして購入枚数が少なすぎたこと、作成期間にも余裕がなかったことですね。反省てんばかりの年賀状作成でした。ただ救いは出来上がった年賀状は自己満足度90%で、送り先の方々にも好評だったことです。(来年もオリジナルを楽しみにしているよと言ってくださった方もいたくらいです)失敗はしましたが来年も頑張ってチャレンジしたいと思っています。

私は30代前半の女性ですが、年賀状を出す出さないや、年賀状のデザインをどうするかという問題においては、女性の場合は特に「属性に左右されるところが大きいのかな!?」とここ数年感じています。
年賀状を出す出さないは、既婚か未婚かに左右され、年賀状のデザインは子持ちかそうでないかに左右される...そんな風に感じているのです。

年賀状を出す出さないの問題については、もちろん、既婚未婚に関係なく、マメな性格の人なら出しますよね。
でも、そうではない場合、こけ数年ずっと年賀状を出してこなかったけれど、結婚した年に、親戚や結婚式に出席してくれた友人達に、久しぶりに年賀状を出し、その流れで、それ以降も出し続けているという人も意外と多いのではないでしょうか?
少なくとも、私の周りの友人には、私も含め、そのタイプの人がかなり多いです。

そして、年賀状のデザインについては、やはり、子どもが産まれたら、子どもの写真を年賀状に使う人が圧倒的に多いように感じています。
最近では、「不妊に悩んでいる人に配慮し、子どもの写真は年賀状に載せるべきではない。」という議論もネット上等でよく見かけるようになりましたが、それでも依然として、年賀状に子どもの写真を載せる人はとても多い気がします。
多分、子どもの年齢がある程度大きくなれば減ってくるのでしょうが、私の周りは、世代的にも、今まさに小さな子どもを育てている家庭が多いので、子どものいる人からの年賀状には、必ずと言って良いほど、子どもの写真が付いてきます。

そして、そんな私自身も、子どもがなかなか授からずに悩んでいた頃には、正直、「子どもの写真入りの年賀状を見るのが辛い。なんで、子持ちの人は皆、年賀状に子どもの写真を入れるの〜?」なんて思っていたりもしたのですが、いざ自分に子どもが産まれると、結局、自分も子どもの写真入りの年賀状を出してしまっています。
それは、「子どもが可愛くて〜。」という理由からではなく、子どもの写真を楽しみにしているじいじ・ばあばやその他親戚のためです。

参考になったのが年賀状やすいさんです。こちらのサイトに書かれていた情報をもとに年賀状を探したら昨年よりも数千円年賀状を安く送ることができました。

納期がびっくりするほど早く、値段も安いのでネットスクエアを選びました。
はっきり言って自分でパソコンで、悩みながら作るより格安!
デザインは均一価格で、値段の設定がわかりやすいのがいいですね。
他のところだと、デザインによって価格が変わってくるところが多く、気付くと高額になっていたなんて経験もありますから..。
出典:年賀状安いネット印刷おすすめランキング2018|年賀はがき.jp

このように、年賀状を安く送るのであれば利用をしない手は絶対にないのです。

じいじ・ばあばや親戚には、子どもの写真入りの年賀状を送らなければならない。でも、数枚だけ別デザインの年賀状を発注するには、手間やお金が...という理由で、全ての年賀状に子どもの写真を入れています。

ちなみに、私は極度の親バカなので、もちろん、自分の子どもはとても可愛いです!
しかし、その可愛さを、わざわざ他の人に見せつける必要はないと思っています。(行動とは矛盾していますが...。)

色々と書いてしまいましたが、なんだかんだ言って、毎年、届いた年賀状を見るのがとても楽しみです。

年賀状というのは、ゆったりとした気分で見るせいか、日頃の郵便物より記憶に残りやすい気がします。そして、何かふとした瞬間に思い出すことがあります。よく思い出すものの一つが、学生時代にもらったコーヒーで染めてある茶色の年賀状です。ぱっと見が、20年位前の古びて色褪せたハガキのようでした。たまにありますよね、随分前に投函されたハガキがある日突然配達されるという不思議なニュース。そういう気分にさせてくれる、凝りに凝った年賀状。年末に一枚ずつコーヒー液につけて製作してくれたそうで、「いつのハガキかと思ったよ~」と言ったら、すごく嬉しそうでした。
次に、スーパーで○○軒のシュウマイ売場の前でいつも思い出す年賀状があります。ここのシュウマイがもらえる券付きの年賀状、一度頂いたことがあるんです。宛名面の下の方にシュウマイの写真が印刷されていて、”1パックプレゼント”と記してありました。喜びながらも、本当かな?とも思いました。こんな年賀状は見たことがなかったもので。その年賀状をバッグに入れていながらも、しばらく引き換えられませんでした。そして、有効期限が迫ってきて、駅中の○○軒のシュウマイのお店で恐る恐る「あの~、これなんですが」とその年賀状を出しました。「大丈夫ですよ~」と笑顔が返ってきてほっとしました。お金を払わずにシュウマイをもらう...なんか変な気分でしたが、その日の晩においしく頂きました。
そして、食べ物に関する年賀状の思い出がもう一つ。小樽に旅行に行った際に寄った有名なお寿司屋さんで、帰る時にノートに名前を書いたことから年賀状をもらいました。夫が先に名前を書き、私はそこに苗字無しで下の名前だけ書きました。でも、届いた年賀状には私の名前がが中心にド~ンと大きく書いてあり、夫の名前は豆粒みたいに横に小さく添えてあったんです。私は別になんとも思いませんでしたが、夫は「なんだよこれ!」と何度も宛名面ばかり気にしてムッとしていました。小樽のお寿司の特徴は、握りのセットに卵が無いんです。江戸前の握りでは卵は必ずありますよね。ですから、ちょっと色が地味に思えたんですが、北海道なので卵に頼らずとも素材には困らない感じでした。
コーヒーにシュウマイにお寿司のお店に...食べ物関連の年賀状の記憶ばかりでしたが、すごくシンプルでしょっちゅう思い出す年賀状があります。古い友人から数年前にもらった「生きてる?こっちはどうにか生きてる」という年賀状。一行でしたが、行間にたくさんの気持ちを感じました。元気過ぎない年賀状も良いと思います。

ちょうどセーターを着始めるころ、頭の中でもやもやと気になっていくのが年賀状です。

小さい頃は、お世話になった先生とか、近所の友だちとか、多くても20人程度。
そのころは、パソコンもなかったので、1枚1枚手書きの年賀状を作っていました。
その年の干支のイラストを描いたり、ラメペンでかわいくデコレーションしたり、シールを貼ってみたり・・・
はがきの宛名を書くのもこのときしかないので、わくわくしていたことを思い出します。
年賀状を作るのが楽しみだった時代でした。

高校生にもなると、携帯電話が普及し、年賀状、というよりはメールで新年のあいさつ。
このときは、すでに宛名を書かなくていいのがうれしい時期になっていました。
「めんどくささ」を覚えてしまった頃ですね。
短文でいいし、絵文字もある。探せばアニメーション付きのかわいいテンプレートもある。
簡単に、かわいい年賀状(年賀メール)を出していました。

それも、大学生になると、数は減っていくばかり。
友達は順調に増えていったのですが、この時期になると憂鬱さがうごめいてきます。
「あぁ、今年も送らなければならないのか・・・」と。
いつしか、年賀状(年賀メール)がきた人にだけ返信を送り、自分からは送らなくなっていきました。
さらに、グループメール、グループラインという便利なシステムができたことにより、1回ですむ気楽さ。
ますます年賀状に対して堕落していきます。

しかし、社会人にもなると、そうもいっていられません。
目の前にいるのは、上司。同僚でも年上の人ばかり。
年賀状がめんどくさいとは言ってられなくなりました。
何年振りかに自分で大量の年賀状を購入。
仕事の合間、大量の年賀状を手書きするわけにもいかないので、パソコンに内蔵されている年賀状ソフトを起動。
会社でもらった住所録の一斉登録。裏のレイアウトの設定。
今までにはない年賀状ビジネスがはじまりました。

そうこうしていた社会人2年目。
「さぁ、今年も年賀状の時期だ」と思っていた矢先、身内に不幸があり、急きょ喪中はがきに。
年賀状には半ば義務化されていた手書きメッセージも必要なく、言葉は悪いですが、楽な新年のあいさつを経験しました。

そして、今となると、大量の年賀状はがきを書くことも私の中では当たり前となりつつあります。
一度住所を登録してしまえば、2年目からはなんと負担の軽いこと。
(それでも、転勤はありますし、職場は常に人が入れ替わるので、新規登録0となったことはないのですが・・・)
受け取る側に立ってみれば、一言メッセージの重要性にも気が付き、今では、めんどくささも少しずつ薄くなっています。

今年はどんなデザインにしようか、また考える時期が近づいてきていますね。

知人や友人の多くとは常にメールでやり取りしているという事もあり、年始の挨拶もまた年賀メールで簡単に済ませてしまうケースが多いもの。
ですから余程の事が無い限り年賀状を作成するチャンスは無く、もちろん相手から年賀状という形で届くケースも最近では多く無いのですが、それでもしばらく連絡の無かった個人、あるいはかつて頻繁にお世話になっていた店舗やサービス業者から年賀状が届くと意外と新鮮であり、ちょっと嬉しくなったりするものです。
まあ店舗やサービス業者に関しては挨拶3割、商品やサービスのPR7割といった感じで受け取っているのですが、それでも時として思わぬお買い得品やサービスの存在を知る事となり、結果的に知っておいて良かった…というケースも稀にはあります。
最近の例で言えば、お金も無くしばらく通えないでいた整体サロンから数年振りに年賀状が届き、年始の大幅割引キャンペーンと通常料金値下げの事をそこから知り、思い切って再び通い出した、というパターンもあります。普段の郵便物は何も見ないで処分してしまう事もありますが、事年始だけはこうしたお得な例もありますから、かなり真剣にチェックする様にはしています。
それにも増して個人からの年賀状は少ないのは先に書いた通りですが、あまりパソコンが得意でない親戚から手書きの素晴らしい年賀状が届くと、自分も何か手の込んだ形で返さなければ失礼に当たるのではないか?と思い、急ぎ年賀状を買ってきて下手なりに手書きで返信の挨拶を書き上げる事があります。字も上手く無く絵心もありませんから、出来るクオリティには限界があり、とにかく恥ずかしい限りです…
ただ、紙媒体・メール共に添付して喜ばれるであろう写真の素材は結構豊富で、毎年の様に異なるデザインで年賀状を仕上げる事が出来ます。というのも、趣味で栽培している多数の洋ランがちょうど年末から正月にかけて開花シーズンを迎え、それらをデジカメで綺麗に撮影・加工し、年賀状の背景に自由に挿入する事が出来るからです。
こんな時に素材とするのに有利な趣味を持っていると大変助かるものです。もちろん友人や知人の中にはこれらの趣味を通じて知り合った人も何人もいますから、それらの写真を挿入しただけでかなりの話題となり、実際新年会で顔を合わせた時のネタも尽きないのです。
十二支の素材ばかりでマンネリ感が漂い始めた頃に導入したものですから、反響は大きく、それがきっかけで洋ランの栽培法や入手法を教えて欲しい、と後から連絡を貰うケースも少なくありません。

私が年賀状を書く様になってから30年位が経ちます。
小さい頃は何を書いたら良いのか全然わからなくて【あけましておめでとうございます、今年もヨロシクね】そんなありきたりな言葉をカラフルに大きく書いて終わり、何を書いても許されました。
学生の頃、私の時代はまだ年賀状を送る事が多くて、書く内容は恋愛事情の事が殆どでした。内容によっては好きな人の事など親に見られると恥ずかしい内容が書かれていたりして、それを見られたくない為に、元旦の午前中にポストの音がすると届いた年賀状を走って一番に取りに行っていました。
成人する頃には携帯電話で新年の挨拶をする様になり、何枚か届いた年賀状に返事を送る程度になりました。
昔はわからないなりに書く事は沢山あったのに、大人になるにつれて書く内容も無くなってきました。
たまに届く年賀状には決まって子供の写真です。
その頃結婚もしていないし子供もいなかった私にはどうでも良い事でした。
【子供が何歳になりました】何て書かれていてもそれに対して何て書いたら良いかわからなかったです。
それから毎年子供の写真付年賀状が送られてくる様になりました。
30歳過ぎた頃私も結婚して出産して子供を持ち、最初のお正月が近づいてきました。
私は年賀状をどの様な物にするか考えた時に真っ先に浮かんだのが子供の写真でした。写真屋さんに向かって気付いたら子供の写真付年賀状を注文していました。
あんなにウザイと思っていた子供の写真付年賀状です。自分でも笑ってしまいました。
あの頃周りがどんどん結婚して子供を持ち、そんな皆に嫉妬していたのだろうと思いました。
結局自分も皆と同じ事をしたかったのだなと思いました。
結婚すると今度は一気に年賀状を出す所が増えます。必ず年賀状を出さなくてはならない所、それは親戚です。
ネットでどんな事を書いたら良いのか色々調べて書いて、主人の実家にも勿論出しました。
それが、主人の実家からは年賀状が来ません。何かの手違いかと思い次の年も出しましたがまた来ません。
あれだけ基本がなってないとか、筋道がとか言ってる人が、まさかの年賀状を出さないとかあり得ないです。
私の実家には流石に主人の実家から年賀状が送られてきていますが、決まって書かれている事があります、それは【息子を宜しく】です。
確かに基本がなっている、それには納得です。
でも何故主人と私の所へは送られて来ないのか不思議でなりません。
子供が話せる様になったら言わせます【お爺ちゃんお婆ちゃん年賀状ちょうだい】。

普通の人は正月に年賀状を出しますよね。しかし、私は一時期、年賀状ではなく、手書きの手紙を書いていました。しかも、送られた人が驚くような仕掛け付きで出しました。

 まず、私がどうして年賀状ではなく、手紙を出そうかと思ったかですが、年賀状には多くの言葉を書けないからです。字を小さくすれば、たくさんかけるではないかと思う人がいると思いますが、それではだめです。相手に思いを、気持ちを伝えたいのに、小さな文字では読みにくくなり、なかなか伝えられません。また、年賀状に文字を書いてしまうと、間違った時にうまいこと消えないことがあります。

 次に、送られた人が驚くような仕掛けについてですが、いくつかあります。
 一つ目は、宛名だけ書いて住所を書かないことです。送られた人はどう思うでしょうか。きっと、住所がないのに届くというのには、かなり驚くでしょう。ちなみに、出すときは赤いポストに入れるのではなく、出したい人の家に直接出しに行きます。この手法は、手紙でなくとも、普通の年賀状で使うことができます。
 二つ目は、手紙の中に年賀状を入れるということです。送られた人は思うでしょう。
「年賀状を入れるんだったら、普通に出せ」
と、しかし、そこが相手を驚かせるためのポイントです。また、年賀状を手紙の中に入れるという行為には、もう一つ意図があります。それは、年賀状の裏を好きなように作ることができるということです。もし、年賀状の裏にたくさんの文字を書いてしまったら、干支の絵などがあまり書けなくなります。そして、それにより、年賀状が、年賀状らしくなりません。
 三つ目は、手紙の封筒の中にキーホルダーなどの小さなプレゼンを入れるということです。送られた人は驚くとともに、うれしい気持ちになるでしょう。私の場合、ミサンガなどを作っていましたので、それを入れたりしました。これが結構、喜ばれました。

 最後に、手紙を出す時の注意点ですが、基本、仲のいい友達や親友、恋人などに出してください。親戚の人や、職場の人に出すといい意味で驚かれるのではなく、悪い意味で驚かれる可能性があります。また、手紙の中に年賀状を入れてしまいますと、年賀状にかかっているお金が無駄になってしまいますので、ご注意ください。さらに言いますと、送る人の家のポストまで届けに行くのは結構しんどいです。

 最後の最後に、一番大切なことを書きたいと思います。
 年賀状にしろ、手紙にしろ、気持ちを込めて作ることが一番大切だ。

今年の正月のこと。
うれしそうに年賀状の仕分けをしていた妻が数枚のはがきを手渡してきた。
ぼくは年賀状をほとんど出さない。
人付き合いの少ない仕事をしているし、友人がほとんどいないこともある。
年賀状をくれるのは自動車のディーラーか電気屋さんくらいで、個人でくれるのは律儀な親戚のおじさんくらいのものだ。

ある年、思い立って年賀状をこちらから出すのを一切やめてみた。
いただいたものにだけ返信してみることにしてみると、だいたい5年くらいたつとほとんど来なくなる。
向こうだって面倒くさかったのだと思うことにした。

確かに若干の寂しさはある。
しかしながら、元旦から差出人をチェックしてこちらから出さなかった人にあわてて返信したり、枚数が足りなくなってコンビニに走ったりすることに比べればずいぶんましだ。

そんな正月を幾度か迎えた頃、その年賀状が来た。
何十年かぶりに見る文字ではあったが端正な文字に見覚えがあった。
それは中学時代に仲の良かった同級生で、二十代の中頃までつきあいのあった男だった。

ある年の年賀状に
「外国に行って勝負してくる。」
とだけ書いてきてそのまま音信不通になっていた。
風の噂も何度か聞いたがあまり芳しいものではなく、幸せではないのだろうなくらいに思っていた。

俺のことを覚えていてくれたのだのなと思うと少しうれしかった。
当時の友人とも全くの没交渉になっていて誰も住所を知らないはずなのに不思議な気持ちがしたが調べる気になればわかるのだろう。

少なくともこちらは親友だと思っていた。
日本にいて住所がわかるのなら連絡をくれればいいのにとも思ったが、あちらにはあちらの事情があるのだろうと思うことにした。
プライドの高い奴のことだから、なにかとうまくいっていなのだろうか。
それとも俺の人生がうまくいっていないことをどこかから聞きつけて気を利かせているつもりなのだろうか。
奴の人生も無駄なプライドが足かせになってうまくいかなくなってしまっているとしたら相身互いということか。

妻は同級生に連絡をとって事情を聞けとうるさいが、あいにく俺にはそんな友人はいない。
40年生きてきて同窓会にも出席せず、年賀状の一枚も来ない男の人生を考えてみてほしいと思う。

それでもインターネットを使って当時奴が住んでいた家の辺りを調べてみた。
便利な時代になったものだ、写真付きで確認できる。
建物は当時とは違っていたが、たまたま読み取れた表札を確認すると奴と同じ名字だ。
確か奴には弟がいたのでそこに住み続けているのかも知れない。

俺は妻が返信用に取っておいていた年賀状を一枚もらって、奴の昔の住所に年賀状を送ってみた。さて、どうなるものか。
宛先不明で返送されてくるのか、
「兄は数年前に亡くなりました。」
などという返信が来たらちょっとしたホラーなのだが。