11月も末になると・・・頭の中でもやもやと気になっていくのが年賀状

ちょうどセーターを着始めるころ、頭の中でもやもやと気になっていくのが年賀状です。

小さい頃は、お世話になった先生とか、近所の友だちとか、多くても20人程度。
そのころは、パソコンもなかったので、1枚1枚手書きの年賀状を作っていました。
その年の干支のイラストを描いたり、ラメペンでかわいくデコレーションしたり、シールを貼ってみたり・・・
はがきの宛名を書くのもこのときしかないので、わくわくしていたことを思い出します。
年賀状を作るのが楽しみだった時代でした。

高校生にもなると、携帯電話が普及し、年賀状、というよりはメールで新年のあいさつ。
このときは、すでに宛名を書かなくていいのがうれしい時期になっていました。
「めんどくささ」を覚えてしまった頃ですね。
短文でいいし、絵文字もある。探せばアニメーション付きのかわいいテンプレートもある。
簡単に、かわいい年賀状(年賀メール)を出していました。

それも、大学生になると、数は減っていくばかり。
友達は順調に増えていったのですが、この時期になると憂鬱さがうごめいてきます。
「あぁ、今年も送らなければならないのか・・・」と。
いつしか、年賀状(年賀メール)がきた人にだけ返信を送り、自分からは送らなくなっていきました。
さらに、グループメール、グループラインという便利なシステムができたことにより、1回ですむ気楽さ。
ますます年賀状に対して堕落していきます。

しかし、社会人にもなると、そうもいっていられません。
目の前にいるのは、上司。同僚でも年上の人ばかり。
年賀状がめんどくさいとは言ってられなくなりました。
何年振りかに自分で大量の年賀状を購入。
仕事の合間、大量の年賀状を手書きするわけにもいかないので、パソコンに内蔵されている年賀状ソフトを起動。
会社でもらった住所録の一斉登録。裏のレイアウトの設定。
今までにはない年賀状ビジネスがはじまりました。

そうこうしていた社会人2年目。
「さぁ、今年も年賀状の時期だ」と思っていた矢先、身内に不幸があり、急きょ喪中はがきに。
年賀状には半ば義務化されていた手書きメッセージも必要なく、言葉は悪いですが、楽な新年のあいさつを経験しました。

そして、今となると、大量の年賀状はがきを書くことも私の中では当たり前となりつつあります。
一度住所を登録してしまえば、2年目からはなんと負担の軽いこと。
(それでも、転勤はありますし、職場は常に人が入れ替わるので、新規登録0となったことはないのですが・・・)
受け取る側に立ってみれば、一言メッセージの重要性にも気が付き、今では、めんどくささも少しずつ薄くなっています。

今年はどんなデザインにしようか、また考える時期が近づいてきていますね。

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