年賀状というのは、ゆったりとした気分で見るせいか、日頃の郵便物より記憶に残りやすい気がします。そして、何かふとした瞬間に思い出すことがあります。よく思い出すものの一つが、学生時代にもらったコーヒーで染めてある茶色の年賀状です。ぱっと見が、20年位前の古びて色褪せたハガキのようでした。たまにありますよね、随分前に投函されたハガキがある日突然配達されるという不思議なニュース。そういう気分にさせてくれる、凝りに凝った年賀状。年末に一枚ずつコーヒー液につけて製作してくれたそうで、「いつのハガキかと思ったよ~」と言ったら、すごく嬉しそうでした。
次に、スーパーで○○軒のシュウマイ売場の前でいつも思い出す年賀状があります。ここのシュウマイがもらえる券付きの年賀状、一度頂いたことがあるんです。宛名面の下の方にシュウマイの写真が印刷されていて、”1パックプレゼント”と記してありました。喜びながらも、本当かな?とも思いました。こんな年賀状は見たことがなかったもので。その年賀状をバッグに入れていながらも、しばらく引き換えられませんでした。そして、有効期限が迫ってきて、駅中の○○軒のシュウマイのお店で恐る恐る「あの~、これなんですが」とその年賀状を出しました。「大丈夫ですよ~」と笑顔が返ってきてほっとしました。お金を払わずにシュウマイをもらう...なんか変な気分でしたが、その日の晩においしく頂きました。
そして、食べ物に関する年賀状の思い出がもう一つ。小樽に旅行に行った際に寄った有名なお寿司屋さんで、帰る時にノートに名前を書いたことから年賀状をもらいました。夫が先に名前を書き、私はそこに苗字無しで下の名前だけ書きました。でも、届いた年賀状には私の名前がが中心にド~ンと大きく書いてあり、夫の名前は豆粒みたいに横に小さく添えてあったんです。私は別になんとも思いませんでしたが、夫は「なんだよこれ!」と何度も宛名面ばかり気にしてムッとしていました。小樽のお寿司の特徴は、握りのセットに卵が無いんです。江戸前の握りでは卵は必ずありますよね。ですから、ちょっと色が地味に思えたんですが、北海道なので卵に頼らずとも素材には困らない感じでした。
コーヒーにシュウマイにお寿司のお店に...食べ物関連の年賀状の記憶ばかりでしたが、すごくシンプルでしょっちゅう思い出す年賀状があります。古い友人から数年前にもらった「生きてる?こっちはどうにか生きてる」という年賀状。一行でしたが、行間にたくさんの気持ちを感じました。元気過ぎない年賀状も良いと思います。

ちょうどセーターを着始めるころ、頭の中でもやもやと気になっていくのが年賀状です。

小さい頃は、お世話になった先生とか、近所の友だちとか、多くても20人程度。
そのころは、パソコンもなかったので、1枚1枚手書きの年賀状を作っていました。
その年の干支のイラストを描いたり、ラメペンでかわいくデコレーションしたり、シールを貼ってみたり・・・
はがきの宛名を書くのもこのときしかないので、わくわくしていたことを思い出します。
年賀状を作るのが楽しみだった時代でした。

高校生にもなると、携帯電話が普及し、年賀状、というよりはメールで新年のあいさつ。
このときは、すでに宛名を書かなくていいのがうれしい時期になっていました。
「めんどくささ」を覚えてしまった頃ですね。
短文でいいし、絵文字もある。探せばアニメーション付きのかわいいテンプレートもある。
簡単に、かわいい年賀状(年賀メール)を出していました。

それも、大学生になると、数は減っていくばかり。
友達は順調に増えていったのですが、この時期になると憂鬱さがうごめいてきます。
「あぁ、今年も送らなければならないのか・・・」と。
いつしか、年賀状(年賀メール)がきた人にだけ返信を送り、自分からは送らなくなっていきました。
さらに、グループメール、グループラインという便利なシステムができたことにより、1回ですむ気楽さ。
ますます年賀状に対して堕落していきます。

しかし、社会人にもなると、そうもいっていられません。
目の前にいるのは、上司。同僚でも年上の人ばかり。
年賀状がめんどくさいとは言ってられなくなりました。
何年振りかに自分で大量の年賀状を購入。
仕事の合間、大量の年賀状を手書きするわけにもいかないので、パソコンに内蔵されている年賀状ソフトを起動。
会社でもらった住所録の一斉登録。裏のレイアウトの設定。
今までにはない年賀状ビジネスがはじまりました。

そうこうしていた社会人2年目。
「さぁ、今年も年賀状の時期だ」と思っていた矢先、身内に不幸があり、急きょ喪中はがきに。
年賀状には半ば義務化されていた手書きメッセージも必要なく、言葉は悪いですが、楽な新年のあいさつを経験しました。

そして、今となると、大量の年賀状はがきを書くことも私の中では当たり前となりつつあります。
一度住所を登録してしまえば、2年目からはなんと負担の軽いこと。
(それでも、転勤はありますし、職場は常に人が入れ替わるので、新規登録0となったことはないのですが・・・)
受け取る側に立ってみれば、一言メッセージの重要性にも気が付き、今では、めんどくささも少しずつ薄くなっています。

今年はどんなデザインにしようか、また考える時期が近づいてきていますね。

知人や友人の多くとは常にメールでやり取りしているという事もあり、年始の挨拶もまた年賀メールで簡単に済ませてしまうケースが多いもの。
ですから余程の事が無い限り年賀状を作成するチャンスは無く、もちろん相手から年賀状という形で届くケースも最近では多く無いのですが、それでもしばらく連絡の無かった個人、あるいはかつて頻繁にお世話になっていた店舗やサービス業者から年賀状が届くと意外と新鮮であり、ちょっと嬉しくなったりするものです。
まあ店舗やサービス業者に関しては挨拶3割、商品やサービスのPR7割といった感じで受け取っているのですが、それでも時として思わぬお買い得品やサービスの存在を知る事となり、結果的に知っておいて良かった…というケースも稀にはあります。
最近の例で言えば、お金も無くしばらく通えないでいた整体サロンから数年振りに年賀状が届き、年始の大幅割引キャンペーンと通常料金値下げの事をそこから知り、思い切って再び通い出した、というパターンもあります。普段の郵便物は何も見ないで処分してしまう事もありますが、事年始だけはこうしたお得な例もありますから、かなり真剣にチェックする様にはしています。
それにも増して個人からの年賀状は少ないのは先に書いた通りですが、あまりパソコンが得意でない親戚から手書きの素晴らしい年賀状が届くと、自分も何か手の込んだ形で返さなければ失礼に当たるのではないか?と思い、急ぎ年賀状を買ってきて下手なりに手書きで返信の挨拶を書き上げる事があります。字も上手く無く絵心もありませんから、出来るクオリティには限界があり、とにかく恥ずかしい限りです…
ただ、紙媒体・メール共に添付して喜ばれるであろう写真の素材は結構豊富で、毎年の様に異なるデザインで年賀状を仕上げる事が出来ます。というのも、趣味で栽培している多数の洋ランがちょうど年末から正月にかけて開花シーズンを迎え、それらをデジカメで綺麗に撮影・加工し、年賀状の背景に自由に挿入する事が出来るからです。
こんな時に素材とするのに有利な趣味を持っていると大変助かるものです。もちろん友人や知人の中にはこれらの趣味を通じて知り合った人も何人もいますから、それらの写真を挿入しただけでかなりの話題となり、実際新年会で顔を合わせた時のネタも尽きないのです。
十二支の素材ばかりでマンネリ感が漂い始めた頃に導入したものですから、反響は大きく、それがきっかけで洋ランの栽培法や入手法を教えて欲しい、と後から連絡を貰うケースも少なくありません。

私が年賀状を書く様になってから30年位が経ちます。
小さい頃は何を書いたら良いのか全然わからなくて【あけましておめでとうございます、今年もヨロシクね】そんなありきたりな言葉をカラフルに大きく書いて終わり、何を書いても許されました。
学生の頃、私の時代はまだ年賀状を送る事が多くて、書く内容は恋愛事情の事が殆どでした。内容によっては好きな人の事など親に見られると恥ずかしい内容が書かれていたりして、それを見られたくない為に、元旦の午前中にポストの音がすると届いた年賀状を走って一番に取りに行っていました。
成人する頃には携帯電話で新年の挨拶をする様になり、何枚か届いた年賀状に返事を送る程度になりました。
昔はわからないなりに書く事は沢山あったのに、大人になるにつれて書く内容も無くなってきました。
たまに届く年賀状には決まって子供の写真です。
その頃結婚もしていないし子供もいなかった私にはどうでも良い事でした。
【子供が何歳になりました】何て書かれていてもそれに対して何て書いたら良いかわからなかったです。
それから毎年子供の写真付年賀状が送られてくる様になりました。
30歳過ぎた頃私も結婚して出産して子供を持ち、最初のお正月が近づいてきました。
私は年賀状をどの様な物にするか考えた時に真っ先に浮かんだのが子供の写真でした。写真屋さんに向かって気付いたら子供の写真付年賀状を注文していました。
あんなにウザイと思っていた子供の写真付年賀状です。自分でも笑ってしまいました。
あの頃周りがどんどん結婚して子供を持ち、そんな皆に嫉妬していたのだろうと思いました。
結局自分も皆と同じ事をしたかったのだなと思いました。
結婚すると今度は一気に年賀状を出す所が増えます。必ず年賀状を出さなくてはならない所、それは親戚です。
ネットでどんな事を書いたら良いのか色々調べて書いて、主人の実家にも勿論出しました。
それが、主人の実家からは年賀状が来ません。何かの手違いかと思い次の年も出しましたがまた来ません。
あれだけ基本がなってないとか、筋道がとか言ってる人が、まさかの年賀状を出さないとかあり得ないです。
私の実家には流石に主人の実家から年賀状が送られてきていますが、決まって書かれている事があります、それは【息子を宜しく】です。
確かに基本がなっている、それには納得です。
でも何故主人と私の所へは送られて来ないのか不思議でなりません。
子供が話せる様になったら言わせます【お爺ちゃんお婆ちゃん年賀状ちょうだい】。